大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)732号 判決 1976年7月27日

上告人

清野富美

外三名

右四名訴訟代理人

吉永多賀誠

被上告人

清野博

外一名

右両名訴訟代理人

右本益一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人安場保雄、同村田保定及び平野嘉智の負担とする。

理由

上告代理人吉永外賀誠の上告理由第一点について

年長養子の禁止に違反する養子縁組の取消請求権は、各取消請求権者の一身に専属する権利であつて、相続の対象となりうるものではないと解すべく、かつ、養親が養子を相手方として年長養子の禁止に違反した縁組の取消請求訴訟を提起した後原告である養親が死亡した場合には、相手方が死亡した場合におけるように検察官にその訴訟を承継させるものと解される趣旨の規定(人事訴訟手続法二六条によつて準用される同法二条三項参照)がないこと等の法意にかんがみると、当該訴訟は原告の死亡と同時に終了するものと解するのを相当とする。これと同趣旨の原審の判断は、正当である。所論引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切ではない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論は、本件訴訟が原告である清野富美の死亡により終了するものではないとの前提に立つて、本件参加申出を不適法として却下した原判決を非難するが、本件訴訟が原告の死亡により終了したことは前判示のとおりであり、また、共同訴訟参加の申出は被参加訴訟と同一内容の別訴の提起に代わるものではあるが、被参加訴訟の終了後にされたかかる参加の申出は、参加の要件を欠き不適法であるから、終局判決をもつてこれを却下すべきであり、これと同趣旨の原判決は、正当である。論旨は、これと異なる独自の見解を主張するもので、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顕 天野武一 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

上告代理人吉永多賀誠の上告理由

第一点

原判決はその理由の前段において「被控訴人が当審における審理中の昭和四九年三月一二日に死亡したことは弁論の全趣旨により明かであるところ、養子縁組の取消請求権は一身に専属する権利であるから、右のように養子縁組取消の本件訴訟を提起した被控訴人が死亡したときは、特別の規定がない以上、本件訴訟の承継は許されず、本件訴訟は前記被控訴人の死亡と同時に終了したものといわなければならない」と判示した。

然し養子縁組取消請求権は一身専属権ではあるが取消請求権者が取消訴訟提起後死亡してもその取消請求権が消滅しないときは、訴訟の承継についての特別規定がなくても次の場合においてその承継が許される。

事案の性質が承継に関する特別規定の存する場合と同様であると認められるとき、法令中に明言がなくても承継を許さない法意であることを窺知し得べきものがないとき、当事者の死亡により訴訟の完結を来たすものでないことを前提とする規定があるとき、承継を許さないことにより非理、不合理な結果を生ずるとき、訴訟を承継せしめて当事者を保護する必要があるとき、訴訟を承継せしめないで別訴を求めることが訴訟経済に反するとき、訴訟承継につき訴訟上の利益を有する者があるのにこれにその承継を許さずと解すべき法律上の理由を発見することができないときは、訴訟承継に関する特別規定を準用又は類推適用し、その承継を認むべきである。

(一) 一身に専属する権利には、その行使が一身に専属するものと、その享有が一身に専属するものとがある。又その行使が一身に専属するものゝうちに未だ権利者によつて行使せられないもの、既に権利者により権利が行使せられて訴訟が繋属しているものがあり、その享有が一身に専属するものゝうちに、その享有者が一人のものと、その享有者が多数人のものとがあり、一身専属権であるという一事のみで何れの場合にもその承継が許されないものではない。

養子縁組取消請求訴訟は養親と養子との縁組の取消を訴訟物とし、その取消は親族法、相続法上の権利に重大な影響を生ずるので、縁組当事者の一方が死亡した後においても訴訟を確定する必要と利益が残存する。されば民法第八〇五条は同法第七九三条違反の養子縁組の取消請求権を親族にも与え、人事訴訟法第二四条は養親が死亡した後もなお養子縁組取消の提訴ができることを定め養子縁組取消権が養親の死亡により消滅しないことを明規している。

法律が右の如く養子縁組取消請求権の主体の消滅にかゝわらず、なおこれに関する取消権の存在を認め又は同一内容の取消権を多数者に附与した所以は訴訟物たる権利は特定の人の一身に専属するものであるにもかかわらず、当事者の死亡があつても、なお取消請求権は消滅しないとするものであるから、訴訟の繋属中当事者たる取消請求権者が死亡しても、直ちに訴訟は本案につき終了するものとすることはできない。

(二) 法律は種々の場合において当事者の死亡あるにかゝわらず、形成権、取消権の消滅を来たさないものと定めている。推定相続人の廃除又はその取消の請求があつた後相続が開始した場合の民法第八九五条の規定、婚姻の無効取消の訴、離婚取消の訴につき相手方とすべき者が死亡したときに関する人事訴訟法第二条第三項の規定、養子縁組の無効若くは取消、離縁又はその取消を目的とする訴につき相手方とすべき者が死亡したときに関する同法第二六条第二条第三項の規定、夫死亡後の嫡出子否認の訴につき夫が子の出生前又は否認の訴を提起せずして民法第七七七条の期間内に死亡したときに関する同法第二九条の規定は、その死亡あるもなお形成権は消滅せずとし、訴訟の係属中、当事者の死亡あるも直ちに訴訟は本案につき終了するものとしていない。これらの規定はその性質に反しない限り法律に明文のない場合にも養子縁組事件に準用ないし類推適用がある。特に前記人事訴訟法第二六条第二条第三項は相手方死亡の場合に関する規定であり本訴は請求権者の死亡の場合であり唯その承継人が検察官か死亡者の親族かの差あるのみであるから右規定の準用乃至類推適用あるは当然である。

判例を見るに昭和五年(オ)第一六八六号同六年三月四日第四民事部判決(民集第一〇巻九五頁)は民法第八八七条第一項に定めた取消権は子の相続人においてこれを承継するものとし、その理由中に民法第八八七条第一項は一般の取消権に関する同法第百二十条第一項と異なり子の承継人が取消権を有する旨を明言せざるも同法が特に子の相続人に対して該取消権を承継せしめざる法意なることを窺知し得べき事由を発見せざるが故に同条の取消権に付ても亦前叙の如く相続による承継を律むべきものとすとなし、昭和四二年(オ)第一四六六号同四五年七月一五日大法廷判決(民集第二四巻八〇四頁)は相続人は会社解散請求権、社員総会決議取消請求権および同無効確認請求権の如き諸権利はもとより被相続人の提起した地位をも承継し、その訴訟手続を受け継ぐことになるのである。もし原告たる被相続人の死亡により同人の提起した訴訟が当然終了するものとするならば(中略)原告たる被相続人の死亡なる偶然の事情により社員が既に着手していた社員総会決議のかしの是正の途が閉ざされるという不合理な結果となるを免れないのであると、大正六年(オ)第三〇六号同年七月九日第二民事部判決(民録二三輯一一〇五頁抄録第七二巻一六五三三頁)の理由に曰く「家督相続人を廃除することは被相続人の一身に専属する身分上の権利なるを以て他人之を承継し得べきものにあらず然れども被相続人が一度その廃除請求の訴訟を裁判所に提起したる後その被相続人死亡したるときは之に依り訴訟は未確定の状態に於て完了したるものと為し得べきにあらざることは若し爾かするときはその被告たる相続人は被相続人の意に反し家督相続を為し得るの非理に陥る徴し之を認め得べし。而して民法の規定に照すもその同一趣旨なることを認むることを得即ち民法第九百七十八条(現第八九五条)は(推定家督)相続人の廃除又はその取消の請求ありたる後その裁判確定前に相続が開始したときは裁判所は戸主権の行使及遺産の管理に必要なる処分を命じ得べき旨を規定す。此の規定たるや明かに相続の開始即ち被相続人の死亡は当然廃除請求訴訟の完結を来すものにあらざることを前提とせるものと謂わざるべからず」と。

以上の如く一身専属権についても、その権利が既に行使せられて具体化し、現実化しておるとき、その権利が多数者に与えられその多数者も亦同一の権利を有する場合、訴訟物たる法律関係につき直接の承継人は考えられない場合であつても事後において間接に第三者に影響を及ぼす関係があり、当事者の死亡にかゝわらず訴訟の続行を必要とするときは、その承継を認め訴訟を維持すべきである。

本件訴訟において、訴訟物に関する争が客観的に落着せず、養子縁組取消請求権は依然として存在する。然るに当事者の死亡により訴訟は終了したとして他の取消権者に縁組取消の新訴の提起を要請することは訴訟当事者の保護を欠き訴訟経済にも反するので、存続する争を飽くまで該訴訟で継続して解決するため同一内容の形成権を有する親族等訴訟上の利益保有者に訴訟の承継を認め親族等本案判決を必要とする者の利益を保護しそれらの者に死亡者に代つて訴訟を追行せしめる必要がある。なお昭和三九年(行ツ)第一四号同四二年五月二四日大法廷判決(民集第二一巻一〇四三頁)において奥野裁判官は補足意見として一〇四九頁で、又田中裁判官は反対意見として一〇五八頁で一身専属権に関する訴訟係属中当事者の死亡ありたる場合に訴訟物に関する争が客観的に落着しておらず訴訟継続の利益がある場合は承継を認むべきことを強調している。

(三) 養子縁組の一方の当事者の死亡は訴訟物の消滅を来たさないことは人事訴訟法第二四条の明定するところである。当事者の死亡によつて訴訟物の消滅を来たすのは訴訟物をなす法律関係につき審判する意義が永久に失はれる場合に限られるのであるが、本件の場合は民法第八〇五条により取消権は消滅しない。判例に徴するに昭和十三年(オ)第七二五号同年一二月二二日第一民事部判決(民集第一七巻二五一〇頁)要旨に「家督相続人指定の無効確定を求むる訴訟が第二審裁判所に繋属中原告死亡するもその遺産相続人において無効確定を求むるにつき法律上の利益を有するときはそのなしたる訴訟の受継は理由あるものとす」とあり、その理由に「本訴確認の訴訟物は家督相続人指定なる法律行為の無効確定をその基本的内容とするものなるを以て本訴が原審に繋属中さと(原告)死亡するも之に因りては訴訟物の消滅を来たすことなく、従つてさと(原告)の外尚被上告人においてその無効確認を求むるにつき法律上の利益を有するにおいては被上告人はさとの遺産相続人として同人の提起したる本訴を受継し得るものなりと云はざるを得ず、而して被上告人主張の事由は兎もあれ上告人が真実三上家の戸主に非ざることを明確にするは家族たるさと(原告)にとり現実に必要なる事項なるを以て即ちさと(原告)は本件無効確認の訴につき法律上の利益を有するものというべく従つて被上告人も亦三上家の家族として同様の利益を有すること自明なりというべし故に原審が被上告人の為したる受継を適法なりと判定したるは結局正当にして」とある。本件の場合は本案判決が確定すれば遺産相続人となるべき兄弟姉妹がある。又昭和十三年(オ)第四二七号同年一〇月二九日第三民事部判決民集第一七巻二〇七七頁の判決理由に曰く「養子縁組無効の訴は表見上現に養親と養子との間に存する養親子関係が真実において不存在なることの確認を求める訴なり(中略)人事訴訟法第二六条により準用せられる同法第二条第二、三項の規定に徴すれば養子縁組の当事者の死亡に因り解消したる場合は勿論仮令離縁の届出に因り表見上現に養親子関係なきに至れる場合と雖も尚且第三者に右縁組の無効確認の訴を許容したる律意なりと解するを相当とす」と、更らに昭和一三年(オ)第二四二五号同一四年八月三一日第一民事部判決法律新聞四四六四号一四頁には「養親の養子夫婦に対する養子縁組無効確認の訴において、養子夫婦の一方が死亡したときは生存者を相手方とし、養子夫婦両名が死亡したときは検察官を相手方とすべきものなることは人事訴訟手続法第二六条が同法第二条を準用したる法意に照らし論なき所」と判示している本件は取消権者の死亡の場合であるが、以上の判例に徴するときは本件の場合は民法及び人事訴訟法の諸規定に鑑み当然訴訟承継を認むべき場合に該当する。

既判力の範囲に関し民事訴訟法第二〇一条第一項は確定判決は当事者、口頭弁論終結後の承継人に対してその効力を有すと定めている。富美の兄弟姉妹は本件養子縁組取消訴訟が確定するときは富美の相続人となり口頭弁論終結後の承継人となるものである。亡富美の本件訴訟は右富美が相続人となるべき承継人のため既判力の先駆としてなしたものであるから、その訴訟係属富美が死亡したときは富美が訴訟追行によつて作りあげた訴訟上の利益状態、生成中の既判力における地位を尊重し、その訴訟物に関する利益(養子縁組取消訴訟追行権)を承継する者に訴訟の承継を許すべきである。

訴訟の承継を許すべきや否やは訴訟物についての訴訟追行を維持すべき法律上の利益の実質内容に即して判断すべきであり、相続性の有無は公益上又は社会政策上その権利を当該被保護者個人に留保しておく必要があるかどうかによつて決定すべきである。前記の理由により富美の養子縁組取消権は消滅しないのであるから、後日相続人となるべきその兄弟姉妹のため訴訟の追行を許すべきである。

然るに事茲に出でざる原審判決は審理を尽さず法令の解釈適用をあやまり富美の死亡により訴訟が当然に終了したとなすもので破毀を免れない。

第二点<略>

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